湯浅五助



関ヶ原ウォーランド

大谷吉継の墓
大谷吉継の墓
岐阜県不破郡関ヶ原町

この墓は敵方の藤堂家が建てたものである。

湯浅五助と
大谷吉継の墓


湯浅五助の墓は五助の子孫により
大正5年(1916)大谷吉継の墓の隣に建立された。

大谷吉継の首塚

米原市

大谷吉継の首塚
関ヶ原の合戦(1600)で、西軍石田方の参謀年奮迅の
働きをした大谷刑部吉継(1559〜1600)の首塚と伝えられている。
西軍の敗北を悟った吉継が敵に首を渡さないよう、湯浅五助の
介錯で自刃し、甥の僧祐玄が首級を錦の袋に入れて、
敦賀へ逃亡の途上に、この地に埋め隠したと言われています。
いまでも地元の人々によって大切に守られ、供養されています。



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