淀古城



京都市伏見区納所北城堀

妙教寺





淀城


享保8年(1723)5月、春日局の子孫である稲葉
丹波守正知が下総佐倉から淀へ移り、明治維新
まで百数十年間、この淀城は稲葉氏10万2千石
の居城であった。なお、淀君ゆかりの淀城は
現在の淀城ではなく、この位置から北方約
5百mの納所にあったと推定されている。


京都市伏見区


淀古城から桂川を渡ると明智光秀の娘・細川ガラシャ
が細川忠興に嫁いだ勝竜寺城がある。さらにこの城は
後年の山崎の合戦では、明智光秀が本陣を構えている。

勝竜寺城

京都府長岡京市

美貌をうたわれた玉子(明智光秀の娘)の花嫁行列は、
坂本から京に入るや、沿道の見物衆を分けて、京の西
郊、勝竜寺城(京都府長岡京市)入る。

細川忠興とガラシャの像

勝竜寺城公園内


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