ヤン・ヨースチン



中央区



ヤン・ヨーステン記念碑
二つの羅針盤の輪が天球儀の形に組み合わされて
います。羅針盤は、当時世界をリードしていたオラン
ダの航海技術の象徴であり、また天球儀は”時”の
象徴でもあります。左側の頭部がヤン・ヨーステン
像、右側の帆船が日本漂着の際、彼が乗り組んで
いたとされるオランダ船リーフデ号です。中央上部
には当時のオランダの国策会社東インド会社の
マークが置かれています。中央下部の図柄は、
古地図で方角を示すのに使われたもので太陽を
モチーフにしています。四隅は波=海を図案化
したもので、これも古地図にヒントを得ています。



ヤン・ヨーステン  1557頃〜1623
1600年(慶長5年)、オランダ船リーフデ号で
ウイリアム・アダムスらと豊後に漂着した。
そのまま日本に留まり、徳川家康の信任を
得て、外交や貿易について進言する役目に
ついた。彼の江戸屋敷は現在の和田倉門−
日比谷間の内濠の沿岸に与えられ、この地が彼の
名にちなんで八代洲河岸(やよすがし)と呼ばれて、
明治まで続いた。現在は、中央区の八重洲
としてヤン・ヨーステンに因む地名が残っている。


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