渡辺崋山



田原市田原町

池ノ原幽居跡
先生はその著作、慎機論において外国船打払いの
無法を論じ、幕府より国政批判の罪を受け、在所
田原藩に蟄居を命ぜられた。この地は先生が天保
11年(1840)2月16日より同10月11日まで、一家と
共に住居され、日々論語、易経を読み、絵筆を
運び、畑を耕し、罪の身に憂国の情禁じ得なかった
所である。先生没後1年にして、幕府は外国船
打払令をゆるめ、10余年後には遂に、米・英・露
・蘭・仏の5ヶ国に開港。和親条約を結ぶに至っ
た。即ち、先覚者と仰がれる所以である。

池ノ原幽居跡






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