鯏浦城


                     
                           愛知県海部郡弥富町大字鯏浦

                     鯏浦城は、このあたりに勢力のあった服部党・一向
                     門徒勢を攻めるため永禄8年(1565年)に織田信長
                     が築いた砦で城守は織田彦七郎信興(信長の弟)
                     であった。信興は、元亀元年(1570年)小木江城
                     (立田村)で服部党ら門徒勢に攻められ戦死した。
                     これを機に、信長は服部党ら門徒勢を攻め、3度目
                     の天正2年(1574年)には大軍を送りこんで、ことご
                     とく焼き尽くした。
                     鯏浦城跡には、信興が念持仏としていた薬師如来像
                     を納めるため御堂が建てられ、これが明治時代の初
                     めに薬師寺となった。
                     城跡の碑は、薬師寺境内の大楠のもとに昭和51年
                     に建てられた。
                     大楠は樹齢600年以上ともいわれ、現在目通り8.3m
                     に及ぶ。
                     里人はこの楠の葉を薬として用い病を治したと言われ
                     ている。
                     また、この付近はかつての海岸線にあたり、信長の
                     服部党・一向門徒勢攻撃の祭、信長軍がこの楠に舟
                     を繋いだとも言い伝えられている。
                     この樹下には社(下の宮)が祀られ参拝者が後を絶た
                     なかったというが明治時代に弥富神社に合祀された。

                                  薬師寺
                     


                     



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