津屋城



岐阜県海津郡南濃町津屋

津屋城跡
津屋城は、関ヶ原合戦まで高木八郎左衛門正家が
居城していたが、慶長5年(1600)関ヶ原の合戦の時、
石田三成(西軍)に従ったため没落し廃城となった。
八郎左衛門正家は記録によれば、高須城主高木十
郎左衛門の縁者であり、十郎左衛門は高須旧記に
よると、文禄元年〜慶長5年8月(1592〜1600)まで
高須城主に在り、豊臣秀吉の旗下と伝えられる。
現在は、慶長8年(1603)に当時の領主徳永法印寿昌
(高須城主)の許しを得て移された本慶寺となっている。
寺を中心として付近一帯が城跡で主郭部は
境内にあるが、付近は道路が通じた住宅が建ち、
全容を明らかにすることはできない。







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