堀尾吉晴


堀尾邸址にある「鉢剣社」

愛知県丹羽郡大口町

堀尾吉晴邸址碑


愛知県丹羽郡大口町

堀尾吉晴
1543〜1611。豊臣秀吉に仕え、三中老の一人。

天狗岩

岐阜市・岐阜城にて



木下藤吉郎と千成瓢箪
永禄10年(1567)8月14日、木下藤吉郎(のちの
羽柴秀吉、豊臣秀吉と改称)は、蜂須賀小六や
山麓の猟師堀尾茂助など僅か7名を従えて、
岩戸口から稲葉山城のここまで潜入し、薪小屋
に火を放って手柄をたてたと伝えられる。この時、
藤吉郎は城兵を倒した槍先に腰から下げたいた
瓢箪を結び付け、槍を振り回しながら大音声で勝鬨
をあげたという。以来千成瓢箪発祥地とされている。



金助母子の像



金助と吉晴はいとこと言われている。

復元された裁断橋

愛知県丹羽郡大口町

裁断橋址

名古屋市熱田区伝馬2

宮の宿の東のはずれを流れる精進川の東海道筋に
架かっていて現在の姥堂の東側にあった。      
1590年18歳になるわが子堀尾金助を小田原の陣で
亡くし、その菩提を弔うために母親は橋を架け替えた。
33回忌にあたり、再び架け替えを志したが、果たさず
亡くなるり、養子が母親の意思をついで、1622年に完成。
この橋を有名にしているのは、その擬宝珠に彫られて
いる銘文である。仮名書きの銘文は母が子を思う名文
として、この橋を通る旅人に多くの感銘を与えた。   

春光院

京都市右京区花園(妙心寺内)

堀尾家菩提所。

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