徳山陣屋



各務原市那加西市場町3

旗本徳山陣屋公園
江戸時代、各務原市北西部の那加から蘇原西部一帯は
美濃国大野郡徳山郡出身の旗本徳山氏の所領でした。
初代旗本となった徳山五兵衛則秀は、織田信長、
柴田勝家、前田利家つ仕えた後、慶長5年(1600)の
関ヶ原の戦いでは東軍について戦功をあげました。
優れた戦国武将であった徳山氏は、徳川家康からの
信頼も厚く、旧領徳山郷のほかに各務郡内で西市場、
山後、桐野、岩池、大島、島崎、野口など約五千石
の知行地を得て、明治維新までのやく250年間、
幕府直系の家臣として、12代にわたって各務原の
地を治めていました。この地には、旗本徳山氏の屋
敷がおかれ、更木陣屋の名で呼ばれました。
陣屋とは、城を持たない旗本の屋敷を指し、
その領地経営の中心として機能していました。
また、更木とは、西市場が中世以降「更木郷」の
名で呼ばれた現在の各務原市那加地区西部(更木
八ヶ村−西市場、新加納、前野、北洞、岩地、
長塚、桐野、山後)の中心地域に位置していたこと
から、その郷名を冠して呼んだことに由来します。








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