徳川家にまつわる女性達


東京ドーム周辺

伝通院

東京都文京区小石川

享禄元年-慶長7年(1528-1602)徳川家康の生母。
三河(愛知県)刈屋の城主・水野忠政の娘。天文
10年(1541)岡崎城主・松平広忠と結婚。翌年に
家康を生む、。後に離婚して阿古屋城主・久松俊勝
と再婚するも人質として織田方や今川方を転々と
我子する家康を慰め、音信を断たなかったという。

徳川家康の母・於大の方の菩提所。
伝通院
には於大の方のみならず、徳川将軍家
ゆかりの人々の多くが葬られている。
そのなかに徳川家光の正室・鷹司孝子も含まれている。

刈谷城
・徳川家康の母・於大の方の出生地。

愛知県刈谷市城町

無量院
伝通院の隣にあった。
徳川家光の側室・於万の方の菩提所であった。
現在は無量院を偲ぶものはない。

孝子の墓

東京都文京区小石川3(伝通院)

徳川家光の正室。

慶長7年-延宝2年(1602-1674)孝子は3代将軍
徳川家光の正室。前関白鷹司信房の娘。元和
9年(1623)京都から江戸に下り、江戸城亜の丸
に入る。寛永2年(1625)家光と結婚するが、公家
出身で武家の生活になじめないまま77歳で没す。


千姫の墓

東京都文京区小石川3(伝通院)


慶長2年-寛文6年(1597-1666)2代将軍秀忠の娘。
慶長8年(1603)幼少の身で豊臣秀吉に嫁し、
大阪城にはいる。元和元年(1615)城を出て翌年
桑名城主・本多忠政の子・忠刻と再婚するも
死別とともに天樹院と号し、江戸に帰り竹橋に住む。


春日局邸
春日局

東京都文京区春日
現在も東京都文京区春日の地名は局の屋敷があったことに由来する。




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