徳川家光


          1604年、秀忠・お江の次男として誕生。
                おふく(春日局)乳母となる。
          1606年、忠長誕生。
          1616年、徳川家康没する。
          1623年、家光、征夷大将軍に就任。
          1625年、鷹司信房の娘・孝子と結婚。

                     孝子の墓
          
                東京都文京区小石川3(伝通院)

                  徳川家光の正室。
          慶長7年-延宝2年(1602-1674)孝子は3代将軍
          徳川家光の正室。前関白鷹司信房の娘。元和
          9年(1623)京都から江戸に下り、江戸城亜の丸
          に入る。寛永2年(1625)家光と結婚するが、公家
          出身で武家の生活になじめないまま77歳で没す。

          1626年、お江没する。
          1629年、天然痘に。
          1632年、秀忠没する。
          1633年、忠長、自刃
          徳川忠長の処分の難局を処理したのが稲葉正勝
          (父・稲葉正成、母・春日局)である。

          1637年、島原の乱。
          1641年、家綱誕生。
          1643年、春日局没する。
          1644年、綱重誕生。
          1646年、綱吉誕生。
          1651年、家光没する。

                    金王八幡宮
           
                     
東京都渋谷区渋谷3
           案内板によると。
           現在の社殿は徳川家光が三代将軍に決定したとき、
           守役に青山忠俊が乳母の春日局とともに1612年に
           造営を開始したものである。
           
           不思議だなと思うことがあります。
           解説書によると。
           1615年9月お福、駿府城へ赴き、家康に竹千代の世
           子相続を直訴する。
           1615年10月家康、竹千代の相続を決定する。
           なんですが、金王八幡宮の案内板は、1612年となっ
           ているんですよね。

                    家光寄進の将軍門
           
                 愛知県豊田市松平町・高月院

    

               松平八代徳川歴代将軍位牌堂
           
                  岡崎市鴨田町・大樹寺

            歴代将軍の等身大の位牌がある。

                    徳川歴代将軍
                   出生〜死亡 年 位牌高さ
           初代 家康 1542〜1616 75 159.0cm
           2代 秀忠 1579〜1632 54 160.0cm
           3代 家光 1604〜1651 48 157.0cm
           4代 家綱 1641〜1680 40 158.0cm
           5代 綱吉 1646〜1709 64 124.0cm
           6代 家宣 1662〜1712 51 156.0cm
           7代 家継 1709〜1716  8 135.0cm
           8代 吉宗 1684〜1751 68 155.5cm
           9代 家重 1711〜1761 51 151.4cm
           10代 家治 1737〜1786 50 153.5cm
           11代 家斉 1773〜1841 69 156.6cm
           12代 家慶 1793〜1853 61 153.5cm
           13代 家定 1824〜1858 35 149.9cm
           14代 家茂 1846〜1866 21 151.6cm
           15代 慶喜 1837〜1913 77 位牌無し


ゆかりあるひとたち
春日局
 春日局の父・斉藤利三の母は光秀の妹だったともいわれ春日局と光秀の関係はきわめて
深い。(春日局出生地もご覧ください。)
お福は(春日局:利三の娘)にとって光秀は叔父ということになる。

また、斉藤利三の先妻は、斉藤道三の娘といわれている。娘であれば、織田信長の
妻・濃姫と姉妹ということになる。その後、利三は、春日局の母・あんと再婚する。
このようにみていくと、織田信長と明智光秀は複雑な関係であったのかもしれませんね。
さらに、長宗我部元親の妻は斉藤利三の妹である。

                    斎藤利三屋敷跡
           
                岐阜県大垣市曽根町1丁目(曽根城公園)
さらに、春日局が家光の乳母になった理由は、京の粟田口で乳母募集の高札を見たことにあ
るという説があります。家光の乳母募集を高札ですることは有り得ませんが、粟田口といえば、
光秀の遺体が磔にされた因縁の場所でもあるのです。何かを暗示しているかのようにも思わ
れます。
 春日局について簡単に説明します。
 三代将軍家光の乳母。名はお福。父は斎藤利三。稲葉正成の妻の妻となり正勝(のちに小
田原城主)らを生み離別。のちに大奥に入り、家光の乳母となった。家光・家忠の継承争いの
際、大御所家康へ直訴。これが功を奏して家光を三代将軍とすることができ、大奥を統率した。
家光は、あまりにも春日局を大事にした。3日天下の明智光秀と父利三の代わりに、春日局が
天下に君臨する意欲を燃やしたのだろうか。
水尾天皇の譲位問題では、秀忠の意で上洛、天皇と拝謁するなど、一介の乳母を遥かに超え
た働きを見せた。春日局は天皇は拝謁の際に賜った院号。

春日局は、堀田正盛の子・正俊を養子に迎えている。

稲葉正勝
春日局の長男。小田原城主。
徳川忠長の処分・加藤忠広改易などの難局を処理し、徳川家光の行く末の障害を排除する。
稲葉正勝の人生は、家光のために尽くし抜いたものであった。
                  小田原城
         

              
       神奈川県小田原市城内

堀田正盛
春日局の元夫・稲葉正成と先妻との間の娘が、嫁いだ先が堀田家である。堀田正盛はその長男。
春日局との血のつながりはないが、稲葉正成の先妻は春日局の養父・稲葉重通の娘である。

                堀田屋敷跡
          
                 稲沢市堀田町・天神社

          この付近に屋敷があったと思われる。

          
          堀田氏は、尾張国中嶋郡堀田村に住し、堀田正泰
          は南北朝期に四条畷の合戦で討ち死した。 その
          九代の末孫が堀田正盛である。

そして、春日局は、堀田正盛の子・正俊を養子に迎えている。

余談になるが、稲葉正成は春日局と別れたあと、山内一豊の弟・康豊の娘と結婚。その孫・稲葉正休
が、春日局の養子・堀田正俊を刺殺している。春日局の死後、41年後(1684年)のことである。
一族になにがあったのだろうか。

家光・春日局の死後、後ろ楯をなくしてもこの3家はいき残っている。
この3家が生き残ることができた条件は何だったのだろうか。

もう少し、堀田正盛のついてふれたいと思う。
堀田正盛は川越・喜多院と関係が深い。幕府の命で復興事業を行っている。

                     喜多院
          
                  
埼玉県川越市小仙波町

喜多院といえば、徳川家光・春日局であるが、もうひとり。
黒衣の宰相とも呼ばれた天海僧正がいる。

明智光秀・桔梗物語のHPにの書きましたが、天海=明智光秀かあるいは、
光秀ゆかりの者であったならば、3家は、徳川家に対して、この秘密を
握ることになりる。
こんなことがイメージできそうですが、いかがでしょうか。

幕末の政治家・堀田正睦は、この子孫。
日米修好通商条約に関してアメリカ総領事ハリスと交渉。
条約調印の勅許を得るため上京するも、朝廷との折衝に失敗。将軍継嗣問題で一橋慶喜を支持。
1858年井伊直弼の大老就任ののち、老中を罷免された。
なお、井伊直弼は、戦国の井伊直政の子孫である。

井伊直孝

保科正之

南光坊天海

          
                        埼玉県川越市小仙波町

                     殉死者の墓
          
                   台東区上野公園18

        慶安4年(1651)4月20日、3代将軍徳川家光が死去した。
        その後を追って家光の家臣5名が殉死、さらにその家臣
        や家族が殉死した。ここには家光の家臣4名と、その家臣
        8名の墓がある。
        堀田正盛
        阿部重次
        内田正信
        三枝守恵

          

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