竹千代


竹千代通り

愛知県岡崎市・岡崎公園


碧南市築山町

1543年(天文12)に称名寺で連歌の会が行われ、
広忠は「神々のながきうき世を守るかな」に対して
「めぐりは広き園の竹千代」という句をつけた。この
句から家康の幼名を「竹千代」としたと伝えられる。

称名寺


松平広忠の連歌の切並びに筆具
称名寺は西三河の文化中心の一つで、連歌がしば
しば興行された。徳川家康の父松平広忠は、たま
たま、天満宮より連歌発句の感夢があり、天文12年
(1543)称名寺において、夢想の連歌を興行し、
脇句をつけた。この時の連歌一巡を書き上げたが、
広忠夢想の連歌の切である。この脇句り住持其阿
が家康の幼名「竹千代」と差し上げた。なお、文台、硯
箱は御名披きの連歌興行の折に拝領したものである。









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