聖武天皇


桓武天皇御骨塔

大津市坂本・慈眼堂


四日市

万葉史跡と聖武天皇社
「続日本書紀」によると、聖武天皇は、奈良時代の
天平12年(740)に伊勢国を行幸なり、11月に
一志郡河口をたち、鈴鹿郡赤坂の頓宮を経て、
23日に朝明郡の頓宮に着かれたとある。
また「万葉集」1030聖武天皇の御歌に
「妹に恋ひ 吾の松原みわたせば 潮干の潟に鶴なき渡る」
とある。吾の松原については、安濃の松原であり、
若松の松原であり、本市の県地区であるという説が
あるが、この地は現在も松原町と称し、大樹のあった
面影を残しており、この辺を中心とした極めて
広い場所が吾の松原であったと推定されている。
聖武天皇社は、神社の名称やこのあたりに樹木の
あったことから考えて、この地を朝明頓宮の跡として、
鎌倉時代の安貞元年(1227)に創建されたものである。



鏡ヶ池(笠取り池)




紫香楽宮

滋賀県甲賀市信楽町牧

紫香楽宮は、聖武天皇の時代に造営された宮都です。
天平12年(740)の「藤原広嗣の乱」を契機に平城宮
を離れた天皇は、天平14年(742)に信楽の地で離宮
建設を開始し、天平15年(743)10月には、「大仏建立
の詔」がこの地で発布されました。翌年の11月の
体骨柱(大仏鋳造の内型の芯柱)を立てる式典に
際して、天皇自らが綱を引いたと記録されている
ことから、紫香楽宮での大仏建立は、順調に進んで
いたことが推測されますが、天平17年(745)の紫香楽
宮廃都とともに中断され、東大寺(奈良市)で新た
な大仏が建立され、現在に至っています。



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