鈴木金七



新城市

鈴木金七(金七郎重政)
新城市富永旧川上村の鈴木一族の出自。
天正3年5月18日陽暦7月長篠城から敵の重囲を
破り城将貞昌の「城兵は意気軒昂たり、決戦を急ぎ
給うな。」の言を家康本陣に伝え、これが連合軍の
勝機につながったと言う。後、父祖の地作手亀山城主と
なった松平忠明は、作手村田代に帰農していた金七を
たずね、二百石の禄を与えて往年の労をねぎらった。



戻る