鷲見城



郡上市高鷲町正ケ洞

鷲見城
鷲見氏は、藤原北家の後裔である。初代武蔵権守
頼保は永暦元年(1160)向鷲見神社に社領二石二斗
余りを寄進している。頼保が当郷雲ケ岳における鷹
狩り並びに鷲見の姓を賜り鷲見郷庄官に任ぜられ、
この山を居城と定めたのもこの年代である。以来戦国
騒乱の世、鷲見氏は美濃飛騨はもちろん遠く江州
京都の市街戦にも参加し幾多の戦功をたてる。天正
13年(1585)飛騨の金森五郎八入道、越前攻略の時、
その一隊来りて襲うにあたり、城主鷲見保光が戦死
したので、初代頼保以来14第426年にしてついに廃城。








鷲見氏館跡





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