しかみ像



岡崎公園

寄贈者  徳川宗家十八代当主  徳川恒孝
世に云うしかみ像「徳川家康三方ケ原戦役画像」は、
浜松の三方ケ原で武田の大軍に無理な戦いを挑み、
負け戦となり多くの家臣を失った家康が、自戒の念を
忘れることねないように描かせたものと伝えられ、頭
をしかめて苦渋の表情をあらわした珍しい肖像画です。
このしかみ像は、かの画像を基にして製作された石像。



元亀3年(1572)10月3日、2万7千の大軍を率いて
甲府を出発した壮年武田信玄は、遠江に侵入する
と徳川方の城を次々に落とし、12月には家康の居城
である浜松城に迫りながら攻撃を行わず三方ケ原
に青年家康を誘い出し大敗させ、家康最大の危機
としました。命からがら城に逃げ帰った家康は、将
としての冷静さを失った自分を大いに反省したので
あります。自戒の像である「しかみ像」は、やがて
戦乱の世を統一し、世界に冠たる平和国家を創り
上げる礎になったと云われます。   (案内板より)




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