里小牧渡船場跡



一宮市木曽川町里小牧・金比羅社

慶長5年、関ヶ原の戦いのとき、徳川勢の岐阜攻め
において、この木曽川を渡河するとき、河田渡し(
川島の渡し)を浅野、山内、一柳の軍勢が、起の渡し
を福島勢が渡った。北方の渡しを池田輝政の大軍
が渡ることになったが、多勢が一度に押し寄せた
ため、渡船場が大混乱に陥りはかばかしく渡船で
きず困っていたとき、里小牧の船頭高橋源左衛門
と広瀬嘉右衛門の両名が里小牧の渡し(自分渡し)
場へ案内して大軍を速やかに対岸に渡し、さらに
岐阜攻略に力したことにより、池田輝政より「比類
なき忠節である」と賞せられ、金十両と刀一振、
さらに北方の渡しを廃し、里小牧の渡し場を正規の
渡船場とし、船頭給として北方村の石高の内より
28石5斗を給せられることとなった。この渡し場
が、現在地の金比羅社附近であった。







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