醒井宿


鴬ヶ端

滋賀県米原市

ここからは、特に西方の眺めがよく、はるか山間に
京都の空が望めるというので有名で、旅人はみな
足をとめて休息したという。平安時代の歌人で中古
三十六歌仙の一人、能因法師も
旅やどり ゆめ醒井の かたほとり
初音もたかし 鴬ヶ端
と詠んでいる。

見附跡、枡形


醒井宿の東西には、見附(番所)が設けられ、
東の見附から西の見附まで八町二間(876m)が
醒井宿であった。東の見附のすぐ西は、道が
直角に右に曲り、少し行くと左に直角に曲がる、
枡形になっている。枡形は、城郭や城下町
にあり、城では一の門と二の門の間に設け
られ、敵の進む勢いを鈍らせたという。







景行天皇の時代に、伊吹山に大蛇が住みついて
旅する人々を困らせておりました。そこで天皇は、
日本武尊にこの大蛇を退治するよう命ぜられ
ました。尊は剣を抜いて、大蛇を切り伏せ多くの
人々の心配をのぞかれましたが、この時大蛇の
猛毒が尊を苦しめました。やっとのことで、醒井の
地にたどりつかれ体や足をこの清水で冷やされま
すと、不思議にも高熱の苦しみもとれ、体の調子も
さわやかになられました。そこでこの水を名づけて
「居醒の清水」と呼ぶようになりました。

居醒の清水


腰懸石・鞍懸石


お茶壺本陣跡


お茶壺道中は、将軍が年間使用するお茶を献上
するため、山城国・宇治より運んだ行列である。
中山道・近江路でのお茶壺行列の宿泊駅は、守山
宿と醒井宿であった。醒井宿の「お茶壺本陣」は、
旅籠・越後屋にあり、専用の門や書院、書院には
お茶壺を置く上段の間が設けられていた。

本陣跡


問屋場




御葉附銀杏




周囲約2.5m、高さ12m、樹齢約150年、雌株。
毎年8月から11月上旬ごろの間、数多くの
銀杏を実らせますが、その一部は葉面上に
付いています。銀杏の発育が不完全なものが
多く、小さくて、長楕円や、細長く普通の銀杏
と著しく形が異なっています。葉面上に生じる
銀杏の数は、多いもので5〜8個ですが、おお
むね1〜2個で、葉脈が次第に太くなり、先端の
所が主に形作られていきます。化石から出土さ
れた「いちょう」に良く似ていて、銀杏が表面上
に生じるのは、花が枝や葉の一部だという学説
を裏付けるものです。「いちょう」は中国及び
日本の特産で我が国においては神社仏閣の
境内に数多く植えられていますが、この「おは
つきいちょう」のような葉面上に銀杏を生じる
ものは少なく、貴重なものとされています。
昭和4年12月17日、国の天然記念物として指定。




十王水


平安中期の天台宗の高僧・浄蔵法師が諸国遍歴の
途中、この水源を聞き、仏縁を結ばれたと伝えられる。
もとより浄蔵水と称すべきところを、近くに十王堂が
あったことから、「十王水」と呼ばれるようになったという。

醒井郵便局


西行水




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