榊原康政





榊原康政生誕之地・豊田市上郷町

徳川四天王、十六神将に数えられる。
上野国館林藩の初代藩主。



三河一向一揆に従軍。このときの武功により
徳川家康より「康」の字を与えられる。

徳川四天王






上野城址に榊原康政生誕之地がある。


榊原清長・長政の墓所

豊田市

榊原清長、長政は、幼少より徳川家康に仕え、四天王
の名をほしいままにした館林城主榊原康政の祖父と父
にあたる。榊原氏は、もともと仁木氏の流れであったが、
伊勢国(三重県)一志郡榊原村に住し、榊原姓を称した。
清長の代に三河に移り、上野(上郷町)下村に城を築き、
松平親忠の臣となり、仕えた。明応2年(1493)井田野
(岡崎市)の戦いでは、12歳の長政が父と共に活躍した
ことが記録に残っている。また長政の妻は、  鴨城主
松平親康の娘であるが、清長・長政共に生年は不詳。
清長は天文14年(1545)10月8日死去(一説に天文元年
9月10日ともいう)。法名は一公羽金忠大居士。長政は
永禄5年(1562)10月19日死去(一説は9月8日ともいう)。
法名は賢孝誓大居士。その妻共々隣松寺を菩提所とした。



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