尾頭橋






尾頭橋と佐屋街道
尾頭橋は古くから堀川に架けられていた堀川七橋
の一つで佐屋街道の橋である。この歴史は堀川
開削時までさかのぼる。関ヶ原の合戦があった
慶長5年(1600)頃には、既に熱田から北上し、
現在の瓶屋橋北辺りから西行し、津島(佐屋)に
出る「津島街道」があった。慶長15年(1610)
堀川が掘らせると、川を渡る「渡船」が必要となり、
「亀屋河渡」が設けられた。幕府による東海道
整備後、「七里の渡し」を利用する旅人がふえる
につれて、寛永11年(1634)頃から、東海道の
陸路として、「津島道」の改修が始った。
寛文6年(1666)には脇往還として、佐屋街道
が完成し、4つの宿場が置かれた。この時、
「亀屋河渡」から岩塚宿にでるまで、旧街道から
北へ約300mの水田の中に新道が開かれ、堀川
には新しく橋が架けられた。これが尾頭橋である。
この辺りの地名を取り「尾頭橋」と名付けられたが、
もともと新道「佐屋街道」にかかる橋のため「新橋」
とも呼ばれていた。今もそのなごりがバス停
「新橋通」の名で残っている。





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