太田宿



美濃加茂市太田町

江戸時代、中山道には69の宿場があり、太田宿
は江戸日本橋から数えて51番目の宿場です。
伏見宿から2里、鵜沼宿まで2里とされる太田宿は、
開幕当時は大久保長安が奉行として治めてい
ましたが、長安没後は尾張藩が支配しました。




脇本陣


旧太田脇本陣(林家)
脇本陣は、明和6年(1769)に主屋が建てられ、
代々林家の住居として利用されました。

本陣門


本陣(福田家)
本陣は宿駅の中でも諸大名・公家・旗本・幕府
の役人・勅使・宮家などが休泊するもっとも重要
施設で、福田家が代々勤めました。街道に面
した表門が往時の面影を今に残しています。


高札場跡


道標


尾張藩太田代官所

現在の太田小学館の西側(プールがある付近)が敷地である。


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