大政所


豊臣秀吉母宅址
豊臣秀吉母宅址

豊臣秀吉母宅址
秀吉の母大政所は、従一位まで贈られていながら、
その素性がはっきりしない。いつの頃から御器所の
人だと言われ始めたのかわからないが、天野信景
の随筆「塩尻」には「尾州愛智郡御器所の人也」
また、天保(1830〜44)の藩撰「尾張志」は「この
御器所村の古老伝説に太閤秀吉の母堂はこの
御器所屋敷に住んで秀吉を生み、そこで御器所
屋敷というようになった」と記している。



名古屋市昭和区御器所3

日吉丸生母祈願の跡
日吉丸生母祈願の跡
名古屋市中村区日ノ宮町

日の宮神社はもと日吉権現といわれ、豊臣秀吉の
母大政所が男子が授かるように日参した社で、秀吉
は1536年元旦、日出ずるころ力強く産声を発したと
いわれる。幼名を日吉丸といったのは、この日吉権現
の霊験によるところから名付けられたと伝えられる。

1592年7月大政所没す。

金剛峯寺

和歌山県伊都郡高野町高野山



金剛峯寺
明治2年(1869)、青巖寺と興山寺を合併し、金剛峯寺と
改称。青巖寺は豊臣秀吉が亡母の菩提のために建立、
豊臣秀次が自刃した場所としても知られている。

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