大久保忠隣


大久保忠隣幽居の跡

彦根市

小田原城
小田原城
神奈川県小田原市城内

小田原城
15世紀中頃に大森氏が築いた山城が前身で、
その後戦国大名小田原北条氏の居城となってか
ら、関東支配の拠点として次第に拡張整備されま
した。豊臣秀吉の小田原攻めに備え、城下町を囲
む延長9kmにおよぶ大外郭の出現により、城の規
模は最大に達しました。北条氏滅亡後は、徳川
家康の家臣大久保氏が城主となります。大久保氏
改易後、阿部氏及び番城時代を経て、寛永年間に
稲葉氏が城主となると、大規模な城の改修工事が
実施され、姿を一新します。大久保氏が再度城主
となりますが、元禄16年に発生した地震により、
天守をはじめ城内の各施設はほぼ倒壊してしま
います。その後、本丸御殿を除き再建され、幕末
に至ります。明治3年小田原城は廃城となり、売却
された後、次々と解体されました。城址は御用邸
時代を経て地元自治体に払い下げられ現在に
至っています。また、国指定史跡に指定され、
今も整備が続けられています。  (パンフ参照)


相模小田原藩の初代藩主。大久保彦左衛門の甥。
2代将軍秀忠の政権の有力者となるが、家康の重臣・
本多正信、正純父子と対立。慶長17年(1612)改易
により(理由は諸説あり)、近江に配流される。

龍潭寺
石田三成菩提寺

石田三成菩提寺に大久保忠隣幽居の跡がある。


滋賀県彦根市

石田三成像
石田三成像


龍潭寺には、石田三成の銅像がある。

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