岡倉天心



福井市

明治時代の美術界の指導者。東京大学卒業後
文部省に入り、文明開化の風潮の中でフェノロサ
とともに日本美術の復興に尽力。1890年東京美術
学校長に就任。1898年美術学校長内部の排斥
運動で辞職。後、日本美術院を創立。1904年
以降ボストン美術館東洋部長を兼任。東洋の
理想、茶の本などを英文で刊行、独特のアジア
観に立脚する文明批評を内外に広めた。

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