水野忠政


乾坤院

知多郡東浦町大字緒川字沙弥田4





堅雄堂・四代の墓


水野忠善は初め下総山川城3万5千石の領主であった
が、後に岡崎城5万石に封ぜられた。その栄進を喜び、
曾祖父に当たる忠政の功業を記念して、寛文10年
(1670)この堂を建て、忠政の法名「大渓堅雄大居士」
に因んで堅雄堂と称した。堂は三間四方、本尊は千手
観音、水野氏歴代の位牌を祀り、壇上向って右に忠善
の木像を安置してある。堂の西隣りの忠政の墓も、その
南の忠守−忠元−忠善の大五輪塔も忠善が建てた。

水野忠政の墓



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