松平仙千代
高岳院
名古屋市東区泉2
持名山と号し、浄土宗。
慶長11年(1606)徳川家康が早逝した八男仙千代
(法名高岳院殿)の菩提を弔うため、甲斐国(山梨県)
にあった教安寺を、平岩親吉に命じ、清須城外に
移建して高岳院と改め教安寺第8世照蓮社誉呑宿
を開基とした。慶長16年(1611)清須越で今の地に
移った。旧国宝であった山門は、清須城の黒門を
移したものであったが、戦災で失われた。
松平仙千代
名古屋市千種区平和公園(高岳院墓域)
わずか5歳のとき大坂で夭折した。(1595〜1600)
高岳院墓域には、
星野勘左衛門
江戸時代初期の弓術家で尾張藩士。寛文2年
(1662)4月京都の三十三間堂の通し矢で日本一
となり、さらに7年後にも再び日本一となった。
星野勘左衛門宅跡
名古屋市東区武平町
三十三間堂
京都市
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