松尾芭蕉
福地城
伊賀市(伊賀町)柘植町字浦出
光秀は柘植城・喜多村保光の娘を娶っている。
福地城跡(柘植城)
福地城は、西に石垣の表門をもち、四方土塁の
掻揚式の城である。本丸内部には、石蔵跡や
井戸が残り、周囲には、館跡・堀跡が現存する
伊賀随一の中世の城跡である。城主は福地
伊予守宗隆で、「満済准后日記」に日置・北村
と共に柘植三方と呼ばれ、当地方の国人で
あった。芭蕉翁の先祖は福地氏の一族である
ので、この城跡を芭蕉公園と名付け句碑及
び生誕碑を建て後世にとどめることにした。
生誕碑
芭蕉句碑
滋賀県大津市坂本5(西教寺内)
「月さびよ 明智が妻の 咄せん」
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