.桑名宿



桑名市





脇本陣「駿河屋」跡


脇本陣(本陣に準じる宿)は桑名宿に4軒あったが、その
うち最も格式の高いのが駿河屋であった。建物は変っ
ているが、現在は料理旅館「山月」の一部となっている。

大塚本陣跡


大塚本陣は桑名宿で最大かつ最高の格式をもった
本陣で裏庭から直接乗船できた。建物は変っている
が、明治時代から料理旅館「船津屋」として営業。





道標
「右京いせ道」「左江戸道」
江戸時代
旧東海道筋(場所不詳)に建てられていたものを
移設しました。             桑名市博物館



吉津屋見附跡


慶長6年(1601)、江戸と京都との間に東海道の
制度が設置された後に、桑名城下を通る東海道の
見附として吉津屋門が建てられ門の南側に桑名藩の
役人が詰めている番所が建てられました。この付近は
江戸時代以前は七っ屋と称されていましたが、江戸
時代初期には吉津屋町に属することになりました。
しかし、鍛治を業とする人が多く住むようになったため、
吉津屋町から分離して鍛治町と称するようになりました。
そのため吉津屋門は、別名七っ屋門とも鍛治町門
とも呼ばれます。東海道はこの門をめぐり四角形の
三辺をまわり、いわゆる升形道路となっていました。
諸大名の行列は、この門の前後から本行列に
整えて、桑名城下を通りました。


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