駒野城



岐阜県海津郡南濃町駒野



駒野城跡
正暦年間(990〜994)船岡山と称されていた。
この小丘に始めて城を構えたのは瀬戸道明寺
であったと伝えられる。文治・建久年間には守護
土岐氏が城を築き守将を置いた。
承久年間伊藤裕朝が守将となり、12代裕長に
至り、天文16年滅亡した。その後は斎藤道三
の客分高木彦左衛門が居城していた。
織田信長が領国巡視を行った時、駒野城に入った
ともいう。信長没後、信雄方についた駒野城
の高木貞利とその一族は、天正12年(1584)
秀吉方の筒井順慶らと戦ってこれを退却させた。
その後秀吉の天下となったため、高木氏は開城し、
一族は離散した。慶長5年(1600)石田三成が、
南濃を巡察した時、桑名から大垣への守りのために
塁壁を構えさせたといわれる。関ヶ原戦後、駒野城は
廃城となり、高須藩松平氏の所領となったが、
明治35年、城山小学校校地として寄付された。




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