小堀新助


小堀遠州出生地

小堀町字東方

遠州は、天正7年(1579)当地で生まれた。その頃、
父親の新助政次は、当時長浜城主であった羽柴
秀吉に仕えていた。小堀町の共有文書の中に、
江戸幕府が慶長検地に使用した慶長7年8月の
年号のある「江州坂田郡小堀村絵図」がある。
それには「小堀新助殿屋敷」とあり、ここがすなわち
その地にあたる。この東南には「馬かけばんば」、
「ばんば堀」、また西南に「ばんば屋敷」などの地名
があり、しかも、当屋敷を中心とした付近一帯の地形
は、ほぼ絵図のまま今日まで残っており、貴重である。




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