金誠一


1590年、豊臣秀吉が聚楽第にて朝鮮通信使と会見。
金誠一は、通信副使となり、日本の情勢を調べて
帰国。この時、正使黄允吉が日本が必ず侵略を
するだろうと言ったのに反し、金誠一は、侵略の
気配が見られないとする見解を示した。朝鮮王国
が、正使黄允吉の報告をとりあげて沿岸の防衛
を固めていれば、豊臣秀吉は簡単に半島に
攻め込むことはできなかったのかもしれない。


二条城

京都市中京区



二条城は、豊臣秀吉の京都邸宅であった聚楽第の
機能を継承し、徳川氏の京都屋敷として造営され、幕府
の朝廷に対する公的な対面や儀礼の場として利用。


戻る