木村重成


木村重成公首塚


この前の五輪の塔が、重成公の首塚である。
横に並んでいる三基の墓は、大阪夏の陣で若江堤
より御首を持ち帰った安藤長三郎氏代々の墓。



血染のすすき




木村長門守ゆかりの血染めのすすき

彦根市

木村長門守ゆかりの血染めのすすき
慶長廿年(1615)大阪夏の陣に、徳川軍先鋒を命じら
れた井伊直孝は、二代藩主直勝に代って五月六日払暁
大阪城を遥かにのぞむ玉串川(現大和川)の若江塘に陣
をすすめた。早朝からの合戦に多くの兵を失った豊臣方の
名将・木村長門守重成(槍の名手)は、弱冠廿四の若武者
であったが、大阪城もこれまでと、直孝の本陣に最後の
追撃を敢行した。この時、彦根藩士安藤長三郎は、重成
の首級を挙げたが、香を焚きしめた兜をつけた姿に、敵将
ながらその死を悼み、若江提に繁るすすきに包んで持ち
帰り、安藤家の菩提寺宗安寺に手厚く葬り、すすきは
佐和山神社(井伊家祖霊社)の社前に「重成血染めの
すすき」として植えられた。その後同神社は井伊神社に合祀
されたので、縁りの宗安寺に移植されたが、この度株分けを
受けて再び井伊神社境内に昔日の面影を偲ぶこととなった。



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