加藤嘉明


生誕地

愛知県西尾市上永良町宮東





加藤嘉明
豊臣秀吉に仕え、賎ケ岳の戦いでは七本槍
の一人として活躍。関ヶ原では東軍に
加わる。伊予国松山 20万石の城主、
後、秀忠の時、会津40万石に転封。

賤ヶ岳の合戦と七本槍
1582年本能寺に倒れた織田信長の家督
相続のため、1583年、賤ヶ岳付近で羽柴
秀吉と柴田勝家の間で戦が行われた。

七本槍古戦場賤ヶ嶽
七本槍古戦場賤ヶ嶽

4月21日決戦が行われ、秀吉の大勝に終わり、
勝家は北ノ庄城(福井市)に敗走するが、4月24日、
自刃。この戦いにおける、福島正則・加藤清正・
加藤嘉明・平野長泰・脇坂安治・片桐且元・
糟屋武則の奮戦ぶりを賤ヶ岳七本槍という。

七本槍の勇士
七本槍の勇士

なお、勝家は信長の妹・お市の方をめとっている。   
3人の娘がおり(父は浅井長政)、勝家滅亡の際、脱出
させる。それぞれ成長し、豊臣秀吉の側室・淀君、
京極高次の室・常高院、徳川秀忠の室・崇源院となる。
淀君はどんな思いで秀吉の側室になったのだろうか。

賤ヶ岳からの余呉湖
賤ヶ岳からの余呉湖
この戦いにより湖は赤く染まったのだろうか。

双眼鏡

双眼鏡があるともっと楽しめますよ。



戻る