加藤高明



名古屋市昭和区・鶴舞公園

この台座は、昭和3年愛知県出身の当時内閣
総理大臣であった加藤高明氏を顕彰し、銅像
建設会により建立された同氏の銅像の台座跡
である。なお、同氏の銅像は、昭和19年戦時
物資の不足を理由に供出され、撤去された。

加藤高明氏は、普通選挙法、治安維
持法、日ソ基本条約を成立させた。



普選壇

鶴舞公園
普選壇は、1925年の普通選挙法成立
を記念して1928年に建立された。

加藤高明少年時代住居地

名古屋市栄1

大正13年(1924)、第24代内閣総理大臣となった
加藤高明は、万延元年(1860)尾張藩佐屋代官
所手代服部重文の次男として佐屋に生れた。
慶応3年(1867)、8歳のとき名古屋に転居した。
13歳のとき、親戚加藤家の養嗣子となり、
明治6年、勉学のため東京に出るまで、この地で
育った。外交官として日英同盟の基礎を築き、政
治家としては普通選挙法を制定するなど、明治・
大正の外交・政治に大きな功績を残した。



柴ケ森

弥富市荷之上町柴ヶ森4172

柴ヶ森
平治元年(1159)12月の「平治の乱」で平家に敗れた
源義朝らは、青墓の宿(現大垣市)まで逃れてきたが、
平家の追及が厳しいため、舟に積んだ柴の下にかく
れた、知多の野間へ落ちていくことにした。途中、平家
の検問を逃れ、松田(現立田村)で粥をごちそうになり、
この地、二之江まできて、もう大丈夫だろうと舟荷の
柴を川岸に上げた。このことから「二之江村」が
「荷之上村」と改められた。また、川辺の柴は、芽を
出し年々大きな森となった。これが「柴ヶ森」である。
記念碑の題字「柴ヶ森」は、佐屋町出身の元内閣
総理大臣加藤高明の書である。




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