形原松平家


形原城

蒲郡市形原町古城

形原城
別名稲生城
形原城は海岸に突き出た丘陵の上にあり、三河湾
を一望できる要害の地に位置していた。現在も付近
に東古城、北古城、南古城などの地名が残っていて、
その城域は広範囲であった。平安時代の終り頃、
清和源氏義光の孫の方原二郎師光が東古城を築い
たと伝えられている。その後、長享年間に松平三代
信光の四男与副がここに移り「形原松平」と称した。
北古城、南古城はこの時代に築かれたものであろう。
形原松平は、初め今川氏に属していたが、後に徳川
氏に従って各地に転戦し、慶長6年(1601)ここにもど
るが、元和5年(1619)に6代家信が摂津国高槻藩主
として転封されたのを最後に廃城となった。海岸の
埋立てや宅地造成などで、城の形はほとんど消失
したが、稲荷社がある付近の東古城は一の曲輪、
二の曲輪跡を残している。      (案内板より)


蒲郡市博物館









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