寛政の改革


洞雲院

知多郡阿久比町

久松・松平家葬地



久松・松平家系図によると菅原道真の孫・雅規(英比丸)
の子孫といわれる。また、徳川家康の生母・お大の方
が再嫁している。お大の方の存在は、阿久井町の歴史
の大きな部分を占めている。この葬地には、久松家に
関係の深い5人が祀られている。



久松俊勝 天正15年(1587)没。
お大の方が再嫁した夫。
永禄4年(1561)に岡崎城に城代として入城。

お大の方 慶長7年(1602)京都伏見城において
75歳で没。徳川家康の生母。
家康が人質の身にあった熱田や駿府に励ましの
手紙や衣食を贈り続けた。
洞雲院に残るお大の方ゆかりの血書や重箱等は、
町指定分文化財になっている。

お大の方の墓


松平定綱 慶安4年(1561)没。お大の方と俊勝
の間に生れた定勝の二男。
第3代桑名藩主、子孫に寛政の改革を行った
松平定信がいる。

松平定信墓

東京都江東区白河(霊厳寺)

松平定信墓
松平定信(1758〜1829)は8代将軍徳川吉宗の孫、
田安宗武の子として生まれ、陸奥白河藩主となり、
白河楽翁と号していた。天明7年(1787)6月に老中
となり、寛政の改革を断行、寛政5年(1793)老中
を辞している。定信は老中になると直ちに札差
統制(旗本・御家人などの借金救済)、七分積立金
(江戸市民の救済)などの新法を行い、幕府体制の
建て直しを計った。また朱子学者でもあり、「花月草紙」
「宇下の人言」「国本論」「修身録」などの著書もある。







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