観音寺



米原市朝日1342




石田三成水汲みの井戸


三成が秀吉に仕えた頃の武将感状記に、「石田三成
はある寺の童子也。秀吉一日放鷹に出て喉乾く。其の
寺に至りて誰かある茶を点じて来れと所望せり。
石田、大なる茶碗に七、八分ぬるくたてて持ちまいる。
秀吉之を飲み舌を鳴らし、気味よし今一服とあれば、
またたてて之を捧ぐ。前よりは少し熱くして茶碗半ば
に足らず。また誠に一服とある時、石田此の度は
小茶碗に少し許りなるほど熱くたてて出る。秀吉之
を飲む。その気はたらきを感じ、住持に乞い、近持に
使うに才あり。次第に取立て奉行職を授けられぬ。」
絵本太閤記では、その寺を大原の観音寺としている。






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