神守一里塚



津島市神守町

江戸時代、東海道「七里の渡し」に代わる脇街道とし
て利用された佐屋街道。正保4年(1647)万場と佐屋
の距離が長いので、中間点の神守に宿が置かれた。
ひなびた風情の町並みや一里塚が残る神守の路。
あなたも江戸時代にタイムスリップしてみませんか。



延命地蔵


延命地蔵・縁起
お地蔵さまと言う佛は、お釈迦さまがなくなられた
後、この世にお出ましになり、六道(地獄・餓鬼・
畜生・修羅・人間・天上)に悩み苦しむ者たちを
救い、また、幼くしてなくなった子供たちを守って
くださる実にありがたい佛さまであります。
さて、この延命地蔵は、神守宿場時代、宝暦8年
(1758)に当寺に祀られ、文政3年(1820)には
檀徒及び村人の厚い信仰により六角堂が建立され、
ここに祀られた。人々は、村内安全・子孫繁栄を
願い、旅人は道中の安全を祈ったと伝えられる。
その後、明治6年(1873)に改築、平成6年12月に
大改修され、現在も多くの人々から厚い信仰を
受けている。            憶感山 吉祥寺

神守の宿場跡


江戸時代、東海道の宮(熱田)の宿場から桑名(三
重県)の宿場への「七里の渡し」にかかわる脇街道
として佐屋街道が利用されていた。万場(名古屋市)
と佐屋の宿との間があまりに長かったため正保4年
(1647)に「神守の宿」定められた。この宿場は古い
憶感神社を中心に宿屋商家がたちならび近くの村々
の手助けによって宿駅の仕事を果たしていた。


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