上ノ郷城


上ノ郷城

蒲郡市

久松俊勝は、徳川家康の生母・伝通院の再婚相手。



久松俊勝
徳川家康の生母・電通院の再婚相手。
桶狭間の合戦後に松平元康(松平広忠と電通院の
子・後の徳川家康)に組し、永禄5年(1562)今川氏
の重臣・鵜殿長照が守り三河国宝飯郡西郡の上野
ノ郷城(蒲郡市神ノ郷町)を攻略した。西郡の領主と
なった俊勝は、長子・信俊に阿久比を譲り、上ノ郷
城には於大との間に生まれた次子・康元を置いた。



上ノ郷城の城主は鵜殿氏です。戦国時代、鵜殿氏
は上ノ郷をはじめ下ノ郷・不相城・柏原城(すべて
蒲郡市内)に分かれて住み、あたりを治めました。
永禄5年(1562)2月、上ノ郷城は、三河統一をめざ
す徳川家康によって攻め落とされ、城主の鵜殿長照
は討ち死にしました。この城攻めは忍者が活躍した
ことで知られています。落城後は、家康は新しい城
主として配下の久松氏をおきました。現在の城跡は、
主郭(本丸)や土塁(敵の攻撃をふせぐ土手)の残り
もよく、迎えの姿をよくとどめています。市教育委員
会では平成18年度から順次発掘調査を進めていま
すが、これまでに建物跡などが見つかり、今後の成
果にさらなる期待がかけられています。平成20年11月








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