石川数正



岡崎市美合町

本宗寺


1468年の創建当時は、現在の福岡町にありまし
たが、三河一向一揆に一拠点として家康に抵抗し
たため破壊され、ここに再建されたものです。
家康に人質時代から従い、桶狭間の戦い後、駿府
に人質となっていた家康の妻子を取り戻した石川
数正の墓がある。また数正の母であり、破壊された
当寺の再建を願い出た妙西尼もここに眠っている。


1585年、突如秀吉のもとに逃亡。秀吉から信濃
10万石を与えられ、1593年、病死、その後、
息子の代に徳川家康によって改易。


戻る