石田三成


石田三成陣地
石田三成陣地
笹尾山の頂き付近

石田三成
豊臣政権、五奉行の一人。 
幼少より、豊臣秀吉に仕え、1583年の
賤ヶ岳の戦いの功により重用される。
文禄・慶長の役などに出陣。太閤検地
の施行などを担う。
1590年、佐和山城主となる。
豊臣秀吉の死後、徳川家康と対立し、
関ヶ原の戦いに敗れる。


石田三成陣地
笹尾山の頂き付近



石田三成像
石田三成像
滋賀県長浜市

五先賢の館

長浜市北野町1386

三成、古橋で捕縛される

五先賢の館にて

三成は、母の菩提寺の三珠院に頼ったものと
思われるが、やがて村人の知るところとなり、
百姓・与次郎太夫の案内で山中の岩穴に
潜伏した。秀頼を擁して再起しようと考えたが、
人の知るところとなり、三成はもはや天運の
尽きたることを悟り、通報させることにより、
これまでの好意に報いた。かくしてこの辺り
を捜索する田中吉政の手下により逮捕された。
また、他説によれば、与次郎太夫の養子が密告
したため、ついに三成は捕らえられたという。
関ヶ原戦に敗れてから6日目の9月21日である。

和田神社



滋賀県

和田神社の境内の大銀杏は、関ヶ原で破れた石田三成が
京都へ護送の途中につながれたという伝えがある。
和田神社のいちょう
樹高約24m、目通り周囲約4.4m。
樹齢は約600年を経ていると推定。

大徳寺三玄院

京都市北区

石田三成公御墓地



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