伊能忠敬


伊能忠敬住居跡

江東区門前仲町1丁目



伊能忠敬銅像
近代日本地図の始祖である伊能忠敬先生は、事業
に成功したあと50歳のとき江戸に出て、当宮近くの
黒江町(現在は門前仲町1丁目)に隠宅を構えまし
た。約200年前の寛政12年閏4月19日(陽暦では
1800年6月11日)の早朝に当宮に参拝して蝦夷地
(北海道)測量の旅に出かけました。忠敬先生はこの
ときを含めて全部で10回の測量を企画しましたが、
遠国に出かけた第8回までは、出発の都度必ず、
内弟子と従者を率いて富岡八幡宮に参詣して、
無事を祈念したのち、先住、品川宿など測量開
始地点に向かって歩き出しました。当宮は伊能測量
にとってたいへん御縁の深い場所であります。



富岡八幡宮


ファースト・トラック
パパは、ドライブインでの休憩中にわざと
地図を持ち、こんな話を切り出すだろうな。
「伊能忠敬は、50歳をすぎてから、日本全国
を測量して歩き、わが国最初の実測日本
地図をつくりあげた人物なんだ。」
「すごいわね。」
「高齢化社会や生涯学習時代の今日、
伊能忠敬は希望の星と言えるんじゃないかな。
夢を実現するのに遅いということはないんだ。」
「私達もがんばる!」
さらに、この話を続けるんだ。
「また、伊能忠敬は、一介の農夫から養子婿
となった伊能家のために働きづめに働いて
財産を築き上げ、50歳を過ぎてから隠居し、
第2の人生を歩むことが出来たんだ。」
「それが、どういうことなの。」
「それはね、普通の人は、50歳を過ぎても
隠居することが出来ず、一生働き続けないと
いけないんだ。残念ながら、誰もが第2の人生を
歩むことが出来るとは限らないんだ。」
「・・・・。」
「忠敬は、ロバート・キヨサキ氏の「金持ち父さん・
貧乏父さん」にあるようにラットレースから抜け
出しファースト・トラックへ移る方法を知って
いたのではないだろうか。伊能忠敬から、
おまえ達もこの知恵を身につけていってほしんだ。」
「ロバート・キヨサキ氏の「金持ち父さん・
貧乏父さん」、早速読んでみる!」
「応援しているよ!」



伊能忠敬測地遺功表


東京都港区芝公園

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