下津城址


                 
                         愛知県稲沢市下津蛇池町

               室町時代後期、尾張国を斯波(しば)氏が守護として治め
               ており、当時、下津城に守護所がおかれていました。

               織田敏廣の居城であって永亨4年には将軍足利義教も
               宿泊したという。                               
               1476年敏廣は弟敏定に敗れ、城も焼かれて滅んだ。     
               この地は古く折戸の宿といって鎌倉街道が通り、交通
               の要路を占めて、戦国時代には下津城も築かれたが、
               西方に岐阜街道が整備されるとともに街並も移転して
               街道としての機能を果たさなくなった。                           

               守護とは、
               鎌倉・室町幕府の職名。文治元年(一一八五)源頼朝が
               勅許を得て国ごとに有力御家人を任命して設置。軍事・
               警察権を中心に、諸国の治安・警備に当たった。室町時
               代に至り、しだいに領国支配を進め、守護大名とよばれ
               るようになった。守護職。

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