藤原鎌足



奈良県桜井市・談山神社

藤原鎌足誕生地

奈良県高市郡明日香村

大原の里

藤原鎌足は、「大織冠伝」(760年頃成立)によると、
推古天皇22年(614)大倭(大和)国高市郡の人として、
藤原の第(邸宅)に生れたと記されている。
藤原は、現在のここ明日香村小原の地である。
すぐ右手の田圃には、明治初年まで「藤原寺」
(鎌足誕生堂)が立っていて、江戸時代後期に
国学者本居宣長も訪れている。鎌足は、
中大兄皇子(後の天智天皇)を助けて、
「大化改新」を推進する偉業をなし遂げた。
669年、臨終の床で、天智天皇から、最高位の
「大織冠」の冠位を与えられ、その後、一千年
以上も続く藤原氏の祖となった。ここから東へ
上がること約4kmの山頂にある、鎌足を祀る
「談山神社」への表参道である。ここ大原神社
の奥の竹田川のほとりには、「藤原鎌足産湯
の井戸」、左手の森には、鎌足の母「大伴夫人」
の墓がある。また、当神社の正面左手には、
天智天皇と鎌足の娘の藤原夫人との間に交わ
された、万葉集の歌二首を刻んだ石碑がある。



大伴夫人の墓

奈良県高市郡明日香村

藤原鎌足の母、大伴夫人の墓と伝える。
墓は東西約11m、南北約12m、高さ約2.4m
の円墳である。また、この辺りは蘇我入鹿
を殺し、大化改新を断行した中大兄皇子の
腹心であった中臣鎌子連すなわち後の
藤原鎌足の誕生地とも伝えられている。

談山(かたらいやま)


談山神社の裏山あたり古くから「談所の森」と名
づけられ中大兄皇子と藤原鎌足公が大化改新
の秘策をねられたところとされています。

藤原鎌足公墓所

奈良県桜井市

御破裂山
山頂に藤原鎌足公のお墓があり、古くから国家に
不詳事がある時に「神山が鳴動」した記録が多く
残っています。またこの附近に自生する樹木は
植物学上大変貴重な存在とされています。


十三重塔

奈良県桜井市

談山神社の十三重塔は、藤原鎌足の追福のため
長子の定慧が西暦678年建立したとされ、木造の
十三重塔としては世界に唯一の塔です。現在の塔は、
室町時代(西暦1532)に再建されたもので、国の重要
文化財に指定されています。高さ17m、屋根は伝統的な
檜皮葺で、平成19年秋葺き替え工事が完了し、境内の
新緑や紅葉に一際その優美な姿が映えています。

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