二川宿


二川宿本陣資料館

豊橋市二川町

古来より交通の要衝であった二川は、慶長6年(1601)、
徳川家康による街道整備にともなって宿駅として設置
されました。開設当時は二川村と大岩村の二ケ村で
一宿分の業務をおこなっていましたが、天保元年(1644)
に両村は現地に移転して、二川村と加宿大岩村となり、
東海道五十三次中三十三番目の宿駅として業務を
おこなうこととなりました。天保14年(1843)には、本陣・
脇本陣がそれぞれ一軒、旅籠が三十八軒、人口は
1468人で家数は328軒でした。現在も本陣をはじめ
として、江戸時代の宿場町としての景観を残しています。



高札場跡


脇本陣


脇本陣は本陣の利用が重なった場合、その補助的
な役割を果たしました。その格式は本陣に次ぐもの
であり、本陣と同様に。その経営は宿場の有力者が
あたり、二川宿の脇本陣は松坂家がつとめていまし
た。文化4年(1807)以前には、この地に後藤家・
紅林家の本陣がありましたが、文化4年、本陣職
が紅林家から馬場家に移った際に、本陣建築の
ため、もと街道の南側にあった脇本陣はこの地に
移りました。脇本陣の建物は間口七間(約13m)、
奥行19間(約35m)、畳数は93畳でした。

一里塚



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