法持寺



名古屋市熱田区白鳥



薮柑子霜立つ  庭の媚びとなり
徳川家康公も日本武尊を崇めて白鳥御陵に
詣でた、徳川家康34巻の大書となった
山岡荘八が祈願した折に作った句なり





白鳥古墳(白鳥御陵)
この古墳は6世紀初めごろの築造と推定され、
全長約74mの前方後円墳であるが、前方部と後円部の
東部分が削り取られて原形が損なわれている。
古くからこの古墳は、日本武尊の御陵との説があり、
日本武尊が白鳥となって熱田の宮に飛び来り、降り立った
地であるところから白鳥御陵と名付けられたといわれる。




戻る