堀田屋敷跡



稲沢市堀田町・天神社

この付近に屋敷があったと思われる。



堀田氏は、尾張国中嶋郡堀田村に住し、堀田正泰
は南北朝期に四条畷の合戦で討ち死した。 その
九代の末孫が堀田正盛である。正盛は、母が稲葉
正成の先妻の娘であった縁で、正成の後妻 春日
局の支援をうけ、将軍家光に近侍し重用された。

春日局は、堀田正盛の子・正俊を養子に迎えている。

幕末の政治家・堀田正睦は、この子孫。日米修好
通商条約に関してアメリカ総領事ハリスと交渉。
条約調印の勅許を得るため上京するも、朝廷との
折衝に失敗。将軍継嗣問題で一橋慶喜を支持。
1858年井伊直弼の大老就任ののち、老中を罷免。


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