妙西尼



岡崎市美合町

妙西尼(妙春尼とも)刈谷城主水野忠政の娘で
石川清兼に嫁した。徳川家康の母伝通院(於大)
とは姉妹である。永禄6年(1563)〜7年の三河
一向一揆で破壊追放の憂き目にあっていた
真宗教団の再興を家康に嘆願し、天正11年
(1583)赦免獲得に成功した。慶長3年
(1598)2月7日本寺草庵で没した。(84歳)

本宗寺


1468年の創建当時は、現在の福岡町にあり
ましたが、三河一向一揆に一拠点として
家康に抵抗したため破壊され、ここ
に再建された。家康に人質時代から従い、
桶狭間の戦い後、駿府に人質となっていた家康
の妻子を取り戻した石川数正の墓がある。
また数正の母であり、破壊された当寺の再建
を願い出た妙西尼もここに眠っている。


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