豊臣秀吉・フォトストーリー


出生地
豊臣秀吉出生地
   名古屋市中村区中村町(中村公園内)

1536年生まれる。
(1537年生まれの説もある。)


弥助屋敷跡

弥助屋敷跡
名古屋市中村区中村中町

秀吉がここで出生したとも伝えられる。弥助
とは秀吉の父弥右衛門の別名。
      
標識が見当たらないので、下中八幡宮から
名古屋市中村区中村中町の方角の写真を
撮りました。
                 

出生地の近くには、織田信長が幼少のころ
手習いをしたと伝えられる。
凌雲寺がある

凌雲寺


名古屋市中村区城屋敷町

集慶山と号し、臨済宗妙心寺派永正年中(1504〜)
稲葉地城主津田豊後守信光の創建で、南溟紹化
和尚を開祖とする。織田信長が幼少のころ、この
寺で手習いをしたと伝えられる。織田信長と
豊臣秀吉は、どのような関係だったのだろうか。

織田信長が幼少のころ手習いをするような寺の
近くで、秀吉が生まれていることを思うと、当時の
この地域はどうだったのだろうかと思いをはせる。


下中八幡宮

下中八幡宮
名古屋市中村区中村中町
豊臣秀吉の氏神様であったとつたえられる。
秀吉の母が安産を祈願したとされる神社。 

日吉丸生母祈願の跡

日吉丸生母祈願の跡
名古屋市中村区日ノ宮町

日の宮神社はもと日吉権現といわれ、豊臣秀吉の
母大政所が男子が授かるように日参した社で、秀吉
は1536年元旦、日出ずるころ力強く産声を発したと
いわれる。幼名を日吉丸といったのは、この日吉権現
の霊験によるところから名付けられたと伝えられる。

織田信長像
織田信長像
愛知県清須市清洲町
1554年織田信長に仕える。


寧々(ねね)の歌碑
寧々(ねね)の歌碑
ねねの実家・浅野長政公邸跡にて
愛知県一宮市浅野(浅野公園内)

たちばなを庭のまがきに眺むれば    
            雲井の花を恋しくぞ思ふ
1561年ねねと結婚







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