富士塚(お亀塚)



江南市南山町

富士塚は、5世紀末(490年ころ)の前方後円墳と
いわれています。今までに古墳は発掘されたこと
はありませんが、畑地化された前方形地帯からは、
古墳時代の埴輪や須恵器・土師器などが出土
しています。天正12年(1584)の小牧・長久手の
戦いで東軍の将・徳川家康が生駒屋敷(小折城)
を訪れた時、織田信雄と富士塚に登って、西軍
豊臣秀吉の陣形を見渡した場所です。この時、家康
は小牧山の先取りを決意したと伝えられています。



のち、この地に生駒家6代の利勝が「天地は生之
本也。先祖は類之本也。孝子慈孫其本を知らざる
可からざるなり。尾張の国士、生駒主計勝利、其祖
の為に、碑を小折村富士塚に建つ・・・・」という
書き出しで、初代家広からの由緒と武功を後の
世に伝えるため、天和2年(1682)朱子学者
林羅山の孫信篤に碑詞を頼み、六角の石碑に
刻み、亀型に台石の上に建てました。別名お亀塚
ともいれ、江南市の指定文化財になっています。





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