栄国寺



名古屋市中区橘1

清涼山と号し、浄土宗西山派。この辺りは、もと千
本松原といわれた刑場で、寛文4年(1664)隠れ
切支丹宗徒二百余名が処刑されたところである。
その翌年、尾張二代藩主光友は刑場を他の地に移し、
その跡に菩提を弔うため清涼庵を建立、後に栄国寺
と改められた。境内に切支丹遺蹟博物館等がある。


全国に類を見ぬ切支丹遺蹟である。






恵心庵

丹羽郡扶桑町



江戸時代初期、当地方には禁令を犯してキリスト教が
ひろまり、寛永年間(1624〜1644)以来、尾張藩は
厳しく取締り、寛文年間(1661〜1673)には、多数の
宗徒が処刑されました。このあたりは一部の処刑さ
れた人々の骨が埋められています。この霊を弔う
ために地蔵尊を祀ったのが恵心庵の起こりです。


切支丹灯籠

小牧市岩崎



切支丹灯籠
岩崎の地では寛文3年から6年(1663〜67)にか
けて、男女17人の切支丹宗門の者が召捕らえら
れた記録がある。この灯籠は、高さ1.5mの織部形
石灯籠で、火袋を支える石柱の中央部がふくら
みわずかに十字の形を連想することができ、
下部にはマリア像が刻まれているという。


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